H o r a 

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o v i s s i m a








「私が憎いのではないのですか?」

 一目でいかがわしい、とわかる店が並んでいる。
 裏新宿・占い横丁。有象無象の占術師が存在するこの中でも、特に評判の高い『カタルシス』
 その店の店主と、赤屍が対峙している。

「何故?」

 店主はタロットを切りながら、悪戯っぽく笑う。


「ご存知なのでしょう?」
「勿論。」
「では」
「だからと言って、貴方を殺すつもりもないし、貴方の依頼を断るつもりもないわ」


 見ればわかるでしょう?
 マリーアは腕を広げて自分の着ている服を見せる。彼女が纏っているのは純白の僧衣。


「貴方はあの子達のためには必要だわ。クィーンズカップに優勝するには貴方の力がどうしてもね。それに、あの子達のために地獄会堂(インフエルノドーム)に行くことを私が断ると思う?」

 お互い薄く笑みを浮かべて、視線を絡ませる。
 ゆらゆら。部屋に灯った蝋の明りが揺れている。





「でも」



 タロットが一枚、マリーアの手から離れる。
 ピッと赤屍の頬が少し切れた。



「蛮にもしもの事があったら、貴方を殺すわ」


 壁に刺さったカードは、彼には似合いすぎて、捻りは無かった。

 タロットの大アルカナの]V。あまりにも有名な、大きな鎌を持った――不吉の象徴。 
 




「貴方の力が必要なのは、今現時点でということ。これから先、貴方の力が必要であるとは限らない。そればかりか貴方の存在は、あの子達にとって大きすぎる敵となる可能性の方が断然高い。――蛮は私が生きる理由。私のすべて。正統魔女の教えを受けた死報星の魔術は例え赤屍蔵人でも、そう簡単に解けるものではない。私を敵に回す気なら覚悟なさい。」



 赤屍は切れた頬をなぞって、にこやかに笑った。


「――宜しければ、自分でもう一枚引いてもよろしいですか?」
「…どうぞ」


 赤屍は、引いたカードを見る。
 彼は唇を斜めにして、そのタロットを机に伏せて立ち上がった。



「では、ミス・マリーア。クィーンズカップ五人目の件を承諾して下さりありがとうございます。しかし貴方のお話は、正直意外でしたね。数少ない超越者同士の絆は一般人のそれより深いと聞いていたのですが…。多少の抵抗を予想していたのですよ。それでも、最後はこちらの要求に答えて頂けるだろうと思っていたのは確かですが。それでは裏新宿駅でお会いしましょう。死報星と呼ばれた貴方の勇姿。期待していますよ…」











 マリーアはやっと机から降りて、椅子に座る。
 深く座った椅子は小さく軋んだ。目を閉じる。こつりと人差し指で机を叩くと、灯りが消えた。




「――…ルシファー」

 
 あれが、貴方を殺した男…。




 けれど、私は蛮を守るために生かされている。


 貴方の仇討ちで、死ぬことは、自分に許されていない。


 私は、貴方のために、生きることは、出来ない。






 それに、ジャッカルへ向かう感情は単純な憎悪だけではない。

 

 むしろマリーアはあの男に代わって、赤屍に感謝するべきなのかもしれなかった。





 死神が置いていったカードをめくる。
 本当はめくる前から、何のカードかわかっていたけれど。



…大アルカナ ]] 「審判」 のタロット。


 描かれている絵には、棺桶から土気色の人間が空を飛ぶ天使に手を差し伸べている。

 このカードの正位置の意味は、復活と再生。
 逆位置は――。





 …あの男は命を終えるときに、きっと微笑んでいただろう。


 想定外の結末。けれど彼の望みは、
 

 道を踏み外してまで望んだ願いは、


 叶ったのだ。
 





 …結局。


 マリーアは自嘲する、


 結局、自分は彼に何もしてあげられなかった。ということ。



 


 ぎゅっと胸にあてて握ったのは、赤い、徒花。



 きつく、咬んだ唇も赤く染まる。



 …こんな感傷に浸っている場合では無い。

 何世紀も前から定められていた、彼女の血に染まった宿命

 明日から、彼女は再び闘いに赴かなければならなかった。

 師から託さた子供達を、導いてやらなければ…。



 けれど




 彼女はもう一度、か細く彼の名を呼んだ。




 それは

 帰る場所が見つからない

 一人、置き去りにされた子供の声ように、小さく震えて、消えた。








  end